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バイクアイコン九州ツーリング

 

 お盆の休みは、家族で九州に遊びに。ただ、車でずっと走っていくのは時間的にも体力的にも苦しいので、フェリーを使うことにした。計画を決めた時点が遅かったので、別府へ直行する関西汽船のさんふらわあは満席。止むを得ず、時間的には若干ロスするものの今治、松山経由で大分に入るダイヤモンドフェリーを予約しておいた。

 

[8/11] 出発

 さて、予約したフェリーは六甲アイランドから22:35に出航するが、その1時間前には手続きを済ませるように言われている。仕事を定時で切り上げ、家で簡単な夕食を取ってから、家族は車、私はバイクで六甲アイランドへ向かう。以前に六甲アイランドまでかかる時間は調べておいたので、余裕を持って到着することが出来た。

 フェリー乗り場の入り口で、バイクのヘッドライト部に「大分行き」の紙を貼られた。松山や今治に行くバイクと間違えないように。家族と合流して乗船手続きに入る。用意するものは車とバイクの車検証、上の子の学生証とJAFの会員証だ。お盆の時期は往復割引は利かないが、JAF会員の一割引は有効だった。バイクは特殊手荷物扱いである。

早く着いたので、バイクの最前列だ。 続々とやってくるハーレー軍団。 フェリーダイヤモンドへの車の積み込みが始まった。

 放送を受けてバイクのところに行くと、先頭だった私のバイクの後に20台以上のバイクがならんでいた。そのうちかなりの割合がハーレーの団体であった。係員の指示に従い、バイクをフェリーに乗り入れた。船名は「フェリーダイヤモンド」。客室は2等(予約時にこれしか空いてなかった)なので、20人ほどの雑魚寝になる。毛布は有料で貸し出していたが、うちは布団を持ち込んだので問題なし。出航と同時に風呂に入り、ちょっとデッキで風に当たってから寝る体制に。

船の壁に向けて停め、ギヤをローに入れると、係りの人が後輪のシャフトの下に倒れ止めのつっかえ棒を入れていた。 雑魚寝でもコーナー部なので個室感覚? 後ろの夜景は明石か舞子か。

 バイク走行距離は家から六甲アイランドまでの53キロ。

 

[8/12] 別府

 松山に朝7時頃に寄港したので目が覚めた。家族はまだ寝ているので私は先に朝食を取ることにした。朝食は別料金であるが、ビュッフェ方式で食べ放題である。和食、洋食どちらもそれなりに用意されている。お腹が空いているので味もOK。

 そうこうしている内に家族も起きて来たが、朝食は抜くというので、デッキで潮風に当たることにした。

ビュッフェ形式の朝食は食べ放題である。 私は和食系をセレクト。大根おろしと明太子が旨い。 デッキで潮風にあたる。

 大分到着は予定の11時15分からやや遅れて12時。降りるのには思ったほど時間がかからなかった。フェリー乗り場の出口で家族の車と待ち合わせて、最初に向かったのはJAFの大分支部。13日には別府から阿蘇を抜けて熊本に出て、高速道路で鳥栖に出る計画だが、時間的に間に合うか自信が無かったのでJAFで確認することにしたのだ。JAFの係員は丁寧にマップを説明してくれて、明日のスケジュールに問題は無いことが確認できた。途中の久住高原の展望台も紹介してもらった。

 さて、お腹も空いてきたので、これまたJAFで紹介してもらったパークプレイスという大型ショッピングモール内の寿司系のお店で昼食。これはなかなかイケる。

大分に到着。 パークプレイスは新しいショッピングモール。 ここのネギトロ丼は美味しかった。

 お腹も一杯になったところで別府に向かうが、途中、JAFの近くにある滝尾百穴に寄ってみた。この穴は6世紀のころに作られた横穴式の古墳で、何と84もの穴があるそうだ。訪れる人も少ないようで、滝尾中学のグラウンドの横にひっそりとあった。

6世紀のお墓である滝尾百穴。

 海岸沿いの道をしばらく走ると別府に到着。今回予約したホテルは、別府タワーのすぐそばにあり、部屋から海が見える上に、屋上にも海を見ながら入れる露天風呂があるのが売りである。バイクを駐車場に停めようとしたら、いたずらされるかも知れないからと、ホテルのまん前に停めさせてくれた。

海が見下ろせる部屋は最高だ。

 夕食まで時間があったので、砂湯にチャレンジすることにした。砂湯はホテルから少し北の海岸沿いにあった。まず服を全部脱いで浴衣のような服に着替え、砂場のようなところに寝転がって砂を全身にかけてもらう。顔に陽が当たらないように小さな傘を差しかけてくれた。この砂は温泉のお湯を通して熱くしてあるので、10分も経つと汗だくになる。そこでシャワーで砂を落としてから内湯につかるのである。

別府海浜砂湯に到着。 横になると… …砂をかけてくれる。

 砂湯ですっきりしたので、今度は少し海で遊ぶことにした。ホテルのすぐ北のスパビーチは、ほとんど泳いでいる人もおらず、海を独占できた。ただ、海岸の波打ち際にごみが沢山あるのが悲しい。子供達は持参のボディボードを持ち出して久しぶりの海水浴を楽しんだ。

スパビーチに人影は少ない。 この夏海水浴は…初めてだったか。

 何とか日がある内にホテルに戻ったので、夕食前に露天風呂に入った。男湯は、舟の形の浴槽にたっぷりと湯があふれており、海を見下ろす景色はまさしく絶景である。部屋に戻るとすぐに夕食の膳が用意された。夕食は海の幸にあふれ、豪華でありながら何とか食べきれる量であるのがうれしい。ちょっと食べすぎたかな。

海が見下ろせる露天風呂。 こういうのを湯船っていうのだろう。 この後、天婦羅やデザートも出てきたのだ。

 バイク走行距離は大分周辺と、大分から別府までで合計45キロ。

 

[8/13] 阿蘇

 長距離ドライブになるので、朝食を取って、すぐにチェックアウトして出発した。今日は湯布院から阿蘇に向かう道である「やまなみハイウェイ」が一番の目的だ。別府から湯布院に行くには高速道路を使う行き方と県道11号線を使う行き方の二通りがあるが、時間はそれほど変わらないので下道の11号線のルートで行くことにした。長丁場になるので、給油していく私を置いて、車はさっさと行ってしまった。冷たいぞ。

 湯布院に向かう道は緑の中の峠道。爽快である。途中、展望台の狭霧台に寄ると、見覚えのある車が。いたいた。狭霧台からは山あいの町である湯布院が一望に出来た。

朝の海は美しい。 狭霧台の展望所に到着。 湯布院の町が一望できる。

 最初の待ち合わせ場所である由布院駅前でちょっとトイレ休憩。湯布院も立寄り湯等温泉も多いのだが、今回は時間が無いのでパス。

由布院駅の前にて。町の名は湯布院なのに何故?

 元の道に戻り、水分峠で阿蘇方向に進路を取ると、いよいよ「やまなみハイウェイ」である。正式名称は別府阿蘇道路といい、昔は有料道路だったらしいが今は無料である。久住高原を通る道は高度を増し、晴れているのに涼しくて気持ちが良い。見晴らしがよいと言われる朝日台から阿蘇を見ようとしたが、あいにく阿蘇山は雲に隠れて見えない。

朝日台からの見晴らしは良いとの話だったが… 雲に隠れてよく見えない。

 やまなみハイウェイの途中の瀬の本から左に折れて5-6キロほど行くと、JAFで教わったあざみ台の展望所に到着する。あざみ台の展望所は駐車場が広く、ヘリコプター遊覧等もやっていた。休憩所で豆乳を一杯購入し皆で分けて飲んだ。うまい。豆乳ってこんなに美味しかったっけ?

 やまなみハイウェイは、牛が放牧されている緑の草原の中を、阿蘇山に向かって走る道路で、快走という言葉が浮かんでくる。気持ちよく走っている内に、阿蘇山のふもとの一の宮の町に入る。ただ、阿蘇山は外輪山を持つ二重式火山で、ここは実は既に外輪山の内側なのだ。

あざみ台から見た阿蘇山? ヘリコプター観光もやっていた。やらなかったけど。 一の宮で国道57号に当たるところでプチ渋滞。

 一の宮から阿蘇山の火口へ登るロープウェイのある仙酔峡へ向かう。さすがに山を登る道なので、曲がりくねっていて面白い。仙酔峡のロープウェイの駅は、一階はロープウェイが休止しているのかと思わせるように少し寂れていたが、運行はしていた。往復の乗車券を購入し、いざ火口へ。

 ロープウェイは急斜面の上をわずか10分程で上がっていく。山上駅から火口が見えるカルデラのふちまでは歩くしかない。万が一の噴火の際のための避難所が点々と設置されている道を15分程歩けば火口が見下ろせる位置に。さすがに活火山、火口からは煙が上がっている。煙には硫化水素のような有毒な成分が含まれているので風向きによっては緊急避難が必要なようだ。このカルデラは世界最大らしい。荒涼とした溶岩によって形成された地形は一見の価値がある。グランドキャニオンを見たときも感動したが、生成過程は異なるが、同じく自然の驚異として純粋に感動した。

仙酔峡よりロープウェイに乗る。 火口への道沿いにはコンクリート造りの避難所が点在している。 阿蘇の火口を見下ろす。

 そろそろいい加減にお腹が空いてきた。この辺りの名物はだご汁と高菜飯だそうで、それらを食べられる店のひとつ、山賊旅路に入った。高菜飯は、ご飯にピリッと辛い高菜を混ぜたもので、暑い中でも食欲を誘う。だご汁は団子が入っているのかと思っていたら、うどんのように平たく伸ばしたものが入っていて面白い。

 後は、今日の目的地である鳥栖へ急ぐ。熊本に向かう国道57号はやや混んでいたが、何とか九州自動車道に入る。高速に乗ったとたん、車が加速して見えなくなった。120キロ程出しても追いつけない。私のバイクはネイキッドなので、100キロ巡航程度なら良いのだが、あまりスピードを出すと体への負担が大きい。1時間ほどで鳥栖のインターを降りると車が待っていてくれた。街中は地図があっても判りにくいので、ナビつきの車の後をついていくのが楽なのだ。程なく、泊めていただくMさんのマンションに到着。バイクは自転車置き場に置かせてもらった。

山賊旅路に到着。 高菜飯定食は、高菜飯とだご汁の組み合わせ。他に混ぜご飯とだご汁の山賊定食も人気らしい。 Mさんのマンションの自転車置き場に駐車。

 まだ日が高い5時前に到着できたので、子供たちはMさんのお子さん達と散歩に。夕食はMさんお勧めの一味ラーメン。とんこつなのだが余りくどくは無く、一味唐辛子によるうまさ(辛さ)も好みに合わせて調節できる。細くて縮れていない麺はスープによくあっていて食べやすい。替え玉がたしか110円だったので、大盛りにするよりも足りなければ替え玉を頼むのがお得。

 お腹も一杯になったので、最後に温泉に。吉野ヶ里(よしのがり)温泉は出来たばかりの温泉ランド(って言っていいのか?)で、入ってすぐにある恵比寿様と白蛇に驚かされる。浴場は岩風呂造りの露天風呂の他、打たせ湯、ジェットバス、手足にびりびりくるような電気浴、サウナ等いろいろ楽しめた。湯上りにコーヒー牛乳をぐいっと飲んで今日はおしまい。

一味ラーメンはとんこつだが、くどくなく、食べやすい。 吉野ヶ里温泉の入り口。 入ったところには恵比寿像の他にご神体?の白蛇が。

 バイク走行距離はちょっと多い240キロ。

 

[8/14] 博多

 今日は女房のネット友達であるMax広田さんの案内でMさん一家と博多を回った。バイクは置いて、車を私が運転。鳥栖から博多は車で1時間かからない程度と思ったより近かった。最初に着いたのは大宰府天満宮。上の子が高校受験のときもこちらの鉢巻を送ってもらってお世話になった。大きな楠が何本もあるのが印象的である。本当は梅の季節だと綺麗なんだろう。下の子がひいたおみくじは何と大吉。珍しいこともあるものだ。境内には菅原道真が京を離れるときに「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな」と読んだ梅の木が大宰府に一夜にして飛んできたという伝説のある「飛梅(とびうめ)」の木もあった。

太宰府天満宮へ到着。 この太鼓橋の両側の池には鯉の他に亀が沢山いた。 建物の手前に見えるのが「飛梅」。

 良く晴れて暑い中を歩いて少々疲れたので、門前の御茶屋さんに入る。こちらでは有名だという梅が枝もちをお茶と一緒に頂いた。梅の香りが素晴らしい。

江戸時代は宿屋だったというレトロな御茶屋さん。奥の日本庭園は見事。 梅が枝もちに小さな梅干がついてくるのだが、これも甘く砂糖がまぶしてあって美味しい。

 昼はドレッシングで知られるピエトロのレストラン、ピエトロセントラーレで。実はMさんの上のお嬢さんの誕生日のお祝いも兼ねており、Maxさんが予めケーキを手配してくれていたのだ。味もさすがに結構なもの。

ピエトロセントラーレの前で。 私はタコのペペロンチーノスパゲッティのセットを頂いた。

 次に行ったのが東長寺。ここにある高さ10mを超える木造の仏像は福岡大仏と呼ばれている。境内に車を停められる上、入場無料なのもうれしい。仏像の写真を撮ったところで、撮影禁止であると注意された。御免なさい。仏像の裏は地獄巡りの絵図があり、これも面白い。この寺は福岡藩黒田家の菩提寺になっており、藩主の五輪塔のお墓が二代藩主忠之、三代藩主光之、八代藩主治高の三基ある。忠之の墓のみ、前に殉死した藩士5名の五輪塔が前にある。その後殉死は禁止されたとのことだ。

 続いて、櫛田神社。ここはもうすぐ建立以来1250年になるそうだが、山笠が飾ってあった。「見送り」と呼ばれる山笠の裏側も見ることが出来た。

 子供達はお寺や神社では飽き足らないので、キャナルシティへ。ここは巨大なショッピングモールで、ワシントンホテルとの間にある水路(キャナル)から上がる噴水が見事らしいのだが、この日は生憎故障か何かで、ほとんど見ることが出来なかった。下の子はここのポケモンセンターで早速お買い物。歩きつかれたので、ワシントンホテルの喫茶店でまた一休み。

木造では日本一の福岡大仏。 櫛田神社にお参り。 山笠は本当に大きい。 キャナルシティは未来都市のようだ。 

 博多町屋ふるさと館は櫛田神社のすぐ前にある。一部有料のところもあるが、博多織の実演や駄菓子、昔ながらの玩具を扱うみやげ処は無料では入れた。女の子はこういうところが大好きだ。最後に博多港ポートタワー、通称博多タワーに昇って博多の町を一望。

博多町屋ふるさと館は昔の町屋が再現されている。 博多タワーから港を含めた町を一望できる。

 夕食はショッピングビルIMSの中にある焼肉店の焼肉食べ放題。ちょっと食べ過ぎたかな。Max広田さんに夜の中洲を案内してもらい(もちろん飲まないが…)本日は終了。Max広田さん、暑い中一日付き合って頂き、どうもありがとう。

さあ食べ放題だ。どんどん頼もう。 夜の中洲で子供が遊んではいけません。

 この日は車しか使わなかったので、バイクの走行距離は0キロである。

 

[8/15] 長崎

 楽しかったMさん宅を離れ、長崎自動車道で一路長崎へ。宿泊予定のカトリックセンターは浦上天主堂のすぐ前にあるので、長崎多良見から長崎バイパス経由で市内へ。一時間半程で11時前に到着。

 さっそくカトリックセンターに車とバイクを停めるが、チェックインはまだ出来ないということなので、近くを歩いて回ることにした。まず目の前にある浦上天主堂。これは昔は東洋一の大聖堂だったのだが原爆で吹き飛ばされて、今あるのは再建したもの。入り口までしか入れないが、中は明日の早朝のミサで見ることが出来るだろう。

カトリックセンターに到着。後ろはヨハネ・パウロ二世の胸像。 浦上天主堂はどこかのお葬式の準備をしていた。 原爆で飛ばされた鐘楼。

 5分ほど歩いたところにある如己(にょこ)堂は、「長崎の鐘」で有名な永井博士が最後の時を過ごした場所。隣接する永井隆記念館内で永井博士の足跡を紹介するビデオを見て思わず涙が。近くの山里小学校では、原爆で命を失った1300人の児童と教師を思い出す為に永井博士が中心になって建立したあの子らの碑を見た。さらに5分程坂を下れば平和公園である。平和祈念像の他、水を求めて苦しんだ被爆者に対する気持ちを表す平和の泉や、各国から贈られた彫刻が飾られていた。

永井博士の終の棲家である如己堂。 あの子らの碑。由来を聞くと胸がつまる。 平和祈念像の前にて。

 爆心地を見た後、原爆資料館に移動。入り口が一段高いところにあり、階段のほかにエレベータがあった。私と上の子は階段を登ったが、他の家族はエレベータに乗ると言うので上で待っていると悲鳴が聞こえた。あわてて階段を駆け下りると頭から血を流してうずくまっている女房の姿が。聞くとエレベータの前で足を滑らせて、石の角に頭をぶつけたらしい。意識はあるのでまずは一安心。親切な人が救急車を呼んでくれたので、程なく救急車に乗って病院へ。慌てていたので名前も聞かなかったけれど近くにいて救急車を呼んでくれた方、どうもありがとう。長崎市消防局の方にもお世話になった。後から考えれば、サンダル履きだったのと、直前に買ったお土産のビードロを持つ手をかばったのがいけなかったのか。

 病院は長崎新地に近い十善会病院。救急処置してもらっている間、お腹が空いている子供達と近くのコンビニで買ってきたおにぎりを食べて待つ。傷口を洗い、6針縫ってもらったそうだ。CTの結果は脳にも異常は無く、骨折も無いということで、点滴をして回復を待つ。入院になるのだろうか。運転は無理ならバイクは送り返して私が車を運転しようか。考えがまとまらない。

十善会病院の救急受付。 待っていたらお腹がすいてきちゃった。 具合はどうですか。

 夕方になるころ、本人がお腹が空いたという。すっかり回復したようなので、医者にお礼を言って近くの新地の中華街に行ってみる。ガイドブックで見た江山楼の特上ちゃんぽんを食べたいと言うのだが一時間待ちだったので、予約のみして中華街を散策。戻ってみると順番が来ていたのでチャンポンの他に皿うどん、豚角煮やフカヒレのスープ等を堪能した。

 どうやら今日は精霊流し(しょうろうながし)の日らしく、食事をしているとバーン、バーンと爆竹の音が店内まで響き、窓の外には大きな舟の形をした山車が動いていく。爆竹の硝煙で、景色が霞んで見える程だ。

長崎新地の中華街。 これは江山楼中華街新館。他に中華街本店もある。 豚の角煮である東坡肉(とんぽうろう)。

これが噂の特上ちゃんぽん。 私は皿うどんの方が好きだ。ぱりぱりの奴ね。 町は爆竹の硝煙で白く霞む。

 雲龍亭の餃子は諦めて、宿に戻ることにした。浦上へ戻るのに道は大変に混んでいたので、タクシーは諦めて路面電車を使うことにした。路面電車は一人100円と安く、また道路の混雑の影響を受けにくいのが良い。電車に乗っている間も、道の両側では精霊流しの舟が動き、爆竹が破裂していた。松山町で電車を降りて5分も坂を上ると、懐かしい浦上の天主堂が見えてきた。

 カトリックセンターの部屋は、12畳ぐらいはある広い和室。トイレと浴室は廊下の共同のものを使うが安いのだから仕方が無い。

浦上へは路面電車で帰ることにした。 夜の浦上天主堂。

 バイク走行距離は130キロ。

 

[8/15] 大分へ

 一応女房の調子は大丈夫のようだ。朝6時から泊まっているカトリックセンターの隣にある浦上天主堂でのミサに参加。その後、カトリックセンター併設のレストランで朝食。朝食は宿泊者専用で、洋食・和食が選べるがあらかじめ予約が必要である。

 チェックアウト後、どうしても女房が見たかったという大浦天主堂を見に行く。こちらは戦災も無く、昔からの建物が残っている。時間が無いので、グラバー園はパス。

朝6時のミサはちょっときつい。 私は洋食をセレクト。和食も良かった。 大浦天主堂は古い佇まいが良い。

 長崎出発は既に11時。大分をフェリーが出発するのは午後4時10分だが、1時間前にはチェックインしなければならないので、長崎出島道路から長崎自動車道、大分自動車道と高速道路を飛ばしていく。

 ここまで天気の良かった今回の旅行だが、大分自動車道の萩尾のPAを過ぎた辺りで急に激しい雨が降り出した。高速走行中なのでどうすることも出来ず、びしょぬれで次のサービスエリアである玖珠まで走る。玖珠では予め車と待ち合わせしており、名物の鳥天定食を頂く。どうせフェリーで風呂に入るので、濡れた服もそのままに雨具を着込んで再び出発。途中由布岳PAに寄って見たが、由布岳は雲を被っていた。せっかく雨具を着たのにその後雨はすっかり上がり、雨具の中は蒸し暑い。

びしょぬれで玖珠SAに到着。 鳥天定食は食べ応えあり。 由布岳をバックに写真を撮ろうと思ったのだが。

 何とか時間内に大分のフェリーターミナルに到着。先についていた女房が書類を書きかけていてくれたのだが、バイクのサイズが750cc以上になっている。うちのはナナハンだが、排気量は750cc未満なのだ。書類は見え消しで直したのに、チケットを受け取って良く見ると750cc以上になっている!もう一度クレームして差額を受け取るとバイク積み込みの時間ぎりぎり。

 昭和61年就航の往きの「フェリーダイヤモンド」に比べてやや新しい平成3年就航の「スターダイヤモンド」だが、浴室や洗面所の位置が違う等の他はほぼ同じ構造。往きよりも沢山人を詰め込んでいるようで、通路の奥まで仕切りをして布団を敷いていた。何とか二等の布団を確保。何故か今回は毛布がサービスでついていたが、荷物を置くスペースも無いぎゅうぎゅう詰めである。出航後とりあえず風呂に入り、一息ついてから食堂へ。夕食はカフェテリア方式で、好きなものをトレイに取って精算するというもの。やや価格は高めであるが止むを得まい。明日が早いので早々に床入り。

急がないと積み込みが始まってしまう。 船内の夕食はちょっと高めだが、種類はそれなりに選べる。 さらば九州。

 バイク走行距離は今回最長の273キロ。

 

[8/16] 帰宅

 朝の5時前に食堂の営業をしているという船内放送があり目が覚める。家族は家に帰れば休めるが、本日出勤予定の私はあわてて食堂に行き朝食をかきこんだ。

 船は予定通り朝5時半に六甲アイランドに到着。さほど待たずして船からバイクで乗り出し、高速で家へ飛ばして今回のツーリングは終了。

 家までのバイク走行距離は53キロ。今回の旅行を通じての走行距離は合計847キロの私にとっては大ツーリングであった。色々ハプニングはあったものの楽しい旅行だった。

 

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