バイクアイコン西脇ミニツーリング

 先週ツーリングに行き損ねたので、今日はリベンジで西脇に行くことにした。実は数日前の新聞に、西脇の旧来住(きし)家住宅隣接の梅吉亭で日替わりシェフによる料理を提供することになり、5/30までは練習期間として特別料金でランチを出すと出ていたのだ。もう日にちが無い。家族はどうせ教会に行くので私が代表で行くしかないぞ。

 加古川沿いの道を北上し、途中から国道175号に乗れば小一時間程で西脇に到着だ。ランチ提供時刻の11時半よりは十分早く到着したのにも関わらず、表には無常にも「本日のランチは完売しました」だと。予約しなかったのが失敗だったか。

 仕方が無いので(?)、旧来住家住宅を見学することにした。入館無料というのもうれしい。ここは大正期の銀行課が建てた豪邸だそうだ。使っている材料が「富士山の火山灰の下から掘り出した神代杉」とか「一枚今なら5000万円はする無垢のケヤキの一枚板の扉」とか材料が一々すごいのを、「釘を一本も使わないで作った縁側」とか当時一流の大工が金に糸目をつけずに建てた家だからすごい。宮様とか大臣が泊まったとか、昔の銀行家は偉かったんだね。大正時代のままのガラスは、厚さが均一でないのに、今なら一枚1万円はするなんて知らなかった。

旧来住家住宅は門構えも立派だ。 築後90年経っているというのに、美しい。

この離れは別荘のような作り。京風の障子の組子が美しい。 伊藤博文自筆の書が掛けてあった。飲んで騒いだ後にこういう書を残せるところが昔の政治家は違う。

 西脇と言えば「日本のへそ」として知られている。ここが「日本の中心」と言われれば異論も出ようが、北緯35度東経135度の地点は日本のへそだと言われれば、そうなのかと力も抜ける。実際の「日本のへそ」の位置には大正10年当時の海軍大将鈴木貫太郎(終戦時の首相)の書による碑があるぐらいである。実は最近GPSで確認した「日本のへそ」の位置は「日本のへそ公園」の方にあるそうだ。

加古川線「日本のへそ公園駅」前にて。 珍しく車輌が通過した。ワンマンカーである。 大正時代の「日本のへそ」の碑はやや寂れている。

 「日本のへそ公園」も子供を遊ばせるには良さそうだが大人が見なければというほどのものは無く(というか入館料がかかるテラドームには入らない)、隣接のレストラン「花屋敷」で食事をすることに。結構量も豊かな日替わりランチが千円は満足。

花屋敷は「日本のへそ公園」に隣接している洒落たレストラン。 日替わりランチが思いのほか豪華だった。

 帰りがけに、加古川の奇景、「闘龍灘」を見てみた。川の流れにより巨岩に水路がうがたれて滝と化している。昔はここは難所で、上流から材木を筏に組んで運んできてもここを越えられないので筏をばらして下流側で再度筏に組みなおしたという。明治の初めにフランス人技師の指導によりまっすぐの水路を切り開いた「掘割水路」は見事だ。

大きな岩が川の流れで削られつつも流れの方向を変えている。 こんな滝では筏は通れなかっただろう。

 往復80キロ弱のミニツー。道もワインディングがあるでなし、普通の道であるが、バイクに乗れたので良しとしよう。

 

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