2004年3月31日(水)

 今日から米国へ出張。ただ、関空出発が夕方の5時過ぎなので、一度出社してからの出発。ちょっと面倒。

 今回は日本航空のロス行き。さすがに食事は水準に達している。夕食は洋食、朝食は和食を選択したが、どちらもGood。機内映画は、「イン・アメリカ 三つの小さな願いごと(In America)」、「半落ち」、「深呼吸の必要」を見た。「イン・アメリカ」はアイルランドからアメリカに渡って来た役者の家族が苦労しながら生活基盤を築いていく話で、感動的。「半落ち」は寺尾聡主演で、アルツハイマーで苦しむ妻に頼まれて殺す嘱託殺人の話で重い。「深呼吸の必要」は沖縄でサトウキビを収穫するための季節アルバイトの話で、最初はばらばらの若者が結ばれていくありがちなストーリーだが面白かった。

今回は日本航空を使用。 夕食は洋食。 朝食は梅干粥を中心とした和食を選択。

 ロスの空港のイミグレーションは1時間近くも待たされた。テロ対策で非常に厳しくなっており、ビザを持っている人は指紋を取って写真撮影までしているのだから時間がかかるのは当然だ。どうやら夏ぐらいからビザなし入国(普通の観光やビジネスでの入国)も指紋と写真撮影が必要になるようなのでますます混みあうと思われる。一旦荷物を受け取り、通関後また預けて、ユナイテッドのターミナルへ空港内の無料シャトルバスで移動。今回の目的地であるオレゴン州ポートランドまでは約2時間であった。

 ポートランドの空港から市内へはシャトルバスを使って$12。ホテルにチェックインしたのは午後4時半だから、関空から16時間程の旅だ。夕食は、美味しいと聞いていた日本食のレストラン、TODAIへ。ここはビュッフェ形式になっていて寿司や刺身、天麩羅などが取り放題である。なかなか美味しかった。

TODAIはビュッフェ形式の日本レストラン。 お寿司と天麩羅を中心に取ったが、美味しかった。

走行距離:0 mile

 

2004年3月30日(火)

 バスが近所の小学校の前に着いたのは朝の5時過ぎ。そこからK副長の車で家まで送ってもらう。今日は会社に行かなければならないので、もう寝る暇は無い。メールをチェックしているうちに時間となり、上の子に犬の迎えを約束させて家を出た。大丈夫かな?

 会社から電話すると、なんとか犬は迎えに行ったようでほっとする。

 帰宅後、今度は明日からの米国出張の準備だ。まあ、スキーに行けただけ良かったかな。

 

走行距離:10.3 mile (17 km) 通算 24732.6 mile

 

2004年3月29日(月)

 長かったスキーも今日が最終日。朝食前の散歩も既に恒例化している。もう全員滑れるようになっているので、小学生も含めて皆でゴンドラで上に上がり、小学生は林道で、中学生はハンの木ゲレンデを降りた。私は今回は小学生のサポートだ。

ペンションモンブラン。 朝の散歩は気持ちが良い。 今日はみんなで山頂へ。

 午後はグループ分けして自由行動させ、K副長の誘いで「話の種に」馬の背ゲレンデへ行くことにした。馬の背ゲレンデはゴンドラで上がったところから更に一段上がったところからスタートしているが、実はゴンドラから見えない裏側に一番きつい斜面があった。一つ先のこぶの向こう側が見えない急斜面であるが、ゆっくり降りれば何とかなる。しかし、馬の背ゲレンデはこれが連続で続いているのだ。20分程もかけて下までおりたらすっかり息が切れた。後は、比較的楽なところを流して終わり。

 ロッジに戻ると、すぐに風呂、部屋の片付け、食事と、とんとんと進み、夜の7時にはバスで出発。4泊5日(内車中2泊)のスキーキャンプは楽しく幕を閉じた。

滑る前なのでまだ余裕がある。 この急斜面が延々と続く。厳しい〜。 最後の晩餐?

走行距離:0 mile

 

2004年3月28日(日)

 スキーキャンプ二日目。朝食前にロッジ前でミーティング。軽くジョギングして身体を起こす。何とロッジの裏には大きなかまくらがあった。10人ぐらいは入れそうな大きさだ。

朝の空気に心も引き締まる。 大きなかまくらだ。中に泊まれる? 朝からお腹が空いているのは健康な証拠だ。

 このスキー場では、ヘリコプターを使って山頂まで行けるヘリスキーもやっているが、一人9千円では、手が出ない。ゴンドラを使って山頂近くまで上がり、中級コースであるハンの木ゲレンデを楽しむ。

ヘリに乗っているのはどんな人たちだろう。 エデン湖を背景にポーズする上の子。 ゴンドラに乗れば一気に山頂付近まで上がれる。

 昼は、ロッジでピラフ。運動すると(運動しなくてもだが…)お腹が空く。お腹が空いていると何でも美味しい。午後は小学生を連れて親の原ゲレンデで滑る。今日も良く晴れている。日焼け止めをしてみたが、もう遅いかもしれない。既に逆パンダに日焼けしている。中学生は上級コースの馬の背ゲレンデに行ったようだ。幅が狭くて斜度があるのだから面白いかもしれないが、足が痛くなり始めている私は遠慮させてもらった。

 ロッジに戻ってから、中学生を中心にかまくらを作ってみた。苦労して、やっと3人が入れる大きさのものが出来た。堅い雪は掘るのが大変だ。

広い親の原ゲレンデだが、人影は少ない。 かまくら作りは大変だ。交代で作業する。 体育会系のK副長と。

走行距離:0 mile

 

2004年3月27日(土)

 今日から、上の子と、ボーイスカウトのスキーキャンプだ。前の晩、9時前に出発したバスは、2、3時間ごとに休憩しながら長野県は栂池(つがいけ)高原へ向かう。栂池高原スキー場は、北アルプスは白馬山麓沿いにあり、八方尾根よりやや北にあるらしい。私は初めてだ。

 朝6時にこれからお世話になるスキーロッジ、ペンションモンブランに到着。このロッジは、親の原ゲレンデの上の方、上級コースのチャンピオンゲレンデを下りきったところのゲレンデから数十メートルの絶好の位置にある。部屋分け、着替え後、費用節約の為に持ってきた弁当での朝食を済ませ、ゲレンデへ。

 最大斜度35度のチャンピオンゲレンデを後ろに、最初はなだらかな親の原ゲレンデで足慣らし。春でも雪はさらさらして案外滑りやすい。しばらく滑っているとあっという間にお昼の時間だ。お昼はロッジで、スキー場ではお決まりのカレーライス。お代わり自由がうれしい。

下に広がるのが親の原ゲレンデ。真正面の山がチャンピオンゲレンデだ。 新調した上の子の板も調子がいいようだ。 カレーも美味いぞ。

 ボーイ隊は小学5年生からだが、上は今度高校に入るベンチャー隊の子も4人いる。初めてスキーを履く子を隊長に預け、中学生を連れて鐘の鳴る丘ゲレンデへ向かう。ここには文字通り鐘楼があり、好きに鐘を撞くことが出来る。このゲレンデもリフトが平行に6本程も走っている広大なものだが、その内2本は止まっていた。雲ひとつ無い快晴であることもあり、雪が次第に重くなってきた。土曜だというのにスキー客が比較的少なく、どのリフトもノータイムで乗れるのだから私にはうれしいが、スキー場は少し景気が悪そうだ。スキーブームも去ったのか。夕方、滑り納めにチャンピオンゲレンデにチャレンジ。上級コースとは言え、幅が広く、コースが自由に取れるので、何とかなる。とは言え、まっしぐらにウェーデルンで降りられるほど上手くは無いが。

 ロッジに帰ると、早速交代で風呂に入った。夕食はトンカツに、ビーフシチュー、白身魚のホイル包み焼きと、ボリュームたっぷり。少し漫画の本を見たりしているうちに眠気が…。良い一日だった。

やはり子供は鐘を鳴らしてみたいものだ。 チャンピオンゲレンデは思ったより何とかなった。 夕食は栄養たっぷり過ぎ?

走行距離:0 mile

 

2004年3月26日(金)

 やはり見つからなかったスキー用のグローブを購入することにした。本当は引越し荷物のどこかに紛れ込んでいるのだろうが。久しぶりのスキーだから仕方が無い。二冬前のインスブルック以来か。

 昼から上の子の高校のオリエンテーション。生活が大幅に変わるがついていけるのだろうか。オリエンーションから戻れば、犬をペットホテルに預けて、さあ、栂池に出発だ。

 

走行距離:6.2 mile (10 km) 通算 24722.3 mile

 

2004年3月25日(木)

 さあ、明日の晩のスキー出発に向けて荷造り、荷造り。

 

走行距離:10.8 mile (17 km) 通算 24716.1 mile

 

2004年3月24日(水)

 明日から、下の子二人と連れ合いは関東へ帰省。上の子と私は金曜の夜からのボーイのスキー合宿に備えて…何するんだっけ?取りあえず仕事かなぁ。

 

走行距離:10.4 mile (17 km) 通算 24705.3 mile

 

2004年3月23日(火)

 少し寒いが、雨よりは良い。何とか週末のスキーは行けそうだが、来週海外出張が入りそうだ。

 家に帰ると、英検の合格証明書が届いていた。合格したことは前から判っていても、やはりうれしいものだ。

日本語のと英語のと両方もらえます。

走行距離:10.5 mile (17 km) 通算 24694.9 mile

 

2004年3月22日(月)

 雨でちょっと暗い月曜だが、こういうときはレインギアの出番。一応バイクスーツは防水ということになっているのだが、何故か長く走ると股間の辺りに水が滲みてくる。トゥーロマスターのレインギアをパンツの方だけ着用すれば雨だってへっちゃらだ。

 

走行距離:10.5 mile (17 km) 通算 24684.4 mile

 

2004年3月21日(日)

 朝から家族とは別行動で、大阪モーターサイクルショーへ。帰りがけに、折角大阪に行ったのでマッハさんのところで夕食を取った。詳細はツーリング記録に

 朝出がけの給油は46.8マイルで6.61リットル、帰りの家の近くでの給油は125.7マイルで9.26リットル。それぞれリッター当り11.4キロ、21.8キロで、長距離を走るときの燃費の向上は驚くべきものがある。ほとんど下道だったのに。

 

走行距離:126.9 mile (204 km) 通算 24673.9 mile

 

2004年3月20日(土)

 尼崎に単身赴任している下の弟が遊びに来た。大した歓待も出来なかったが、久しぶりに会えて楽しかった。オンラインRPGであるリネージュ2のソフトを持ってきてくれたのだが、私のパソコンはハードディスクに空き容量が不足(5GB必要)、連れのパソコンはグラフィックボード不対応(インテルのオンボードチップでは駄目)、息子のパソコンはOSがWin98で問題外であったのは残念。

 夜は例によって姫路でジャズバンドの練習。

 

走行距離:0 mile

 

2004年3月19日(金)

 風邪がなかなか治らない。今日は帰りがけに医者にいくと、やはり

「ただの風邪ですね。」

 ゆっくり治すしかないのだが。明日はお客さんが来るので、必死で片付けである。

 

走行距離:11.8 mile (19 km) 通算 24547.0 mile

 

2004年3月18日(木)

 早く帰宅して、サッカーのオリンピック、アジア最終予選UAE戦をテレビ観戦。これに勝てばほぼオリンピックにでられるという試合で、何とか日本が実力を発揮することが出来たのは喜ばしい。最初は楽勝と思われたグループ(レバノン、バーレーン、UAE)だったが、実は実力レベルは結構高く、勝ち抜けたことは運も実力もついて来たと言えるのだろう。

 

走行距離:13.3 mile (21 km) 通算 24535.2 mile

 

2004年3月17日(水)

 本当に暖かくなってきた。桜の花もほころび始めたのだろうか。バイクが楽しい季節になってきたぞ。4月に会社の仲間のツーリングもあるようだ。さてさてどうなるかな。

 

走行距離:10.5 mile (17 km) 通算 24521.9 mile

 

2004年3月16日(火)

 明日から米国出張になりそうであったが、危ういところで延期になった。何とか大阪モーターサイクルショーに行けそうだ。危機を脱した風太郎だが、次の難題は、月末のスキーだ。風太郎さんの運命やいかに。

 

走行距離:9.9 mile (16 km) 通算 24511.4 mile

 

2004年3月15日(月)

 まだ若干具合が悪いが、色々片付けなければならない仕事があり、出社。帰りがけには給油。85.8マイルで11.20リットルだから、リッター当り12.3キロ。こんなものか。

 夜には、少し具合も良くなってきた。明日も頑張ろう。

 

走行距離:10.5 mile (17 km) 通算 24501.5 mile

 

2004年3月14日(日)

 昨日の晩から、のどががらがらでまともに声が出ない。少し前から関節が痛み出していたのは、やはり風邪の初期症状だったのだろう。早く治さなくては。

 今日は、午後、下の二人が公○教室の英語のフェスティバルでスピーチをするとのことで、家族で神戸へ。実際は、6教室から100人程もの児童が集まり、歌を歌ったり、暗唱したりで、一人一分以内ということもあり、ちょっとレベルが低かった。もっとネイティブスピーカーとの交流を通じて発音を身につけようといった動きがあればよかったのだが、今回の内容では学芸会の域を出ない。

 待ち時間に、子供のGBA(ゲームボーイアドバンス)のファイナルファンタジータクティクスをやらせてもらって、驚いた。画面は小さいが画質や内容はプレステのゲームに劣らないものになっている。今頃こんなことを言うのは遅れているのだが、技術の進歩ってのは大したものだ。

 

走行距離:0 mile

 

2004年3月13日(土)

 今日はボーイスカウトのキャンプ場でデイキャンプ。

 まず、竹を採りに行く。直径が10センチぐらいある奴を切り倒して、長さ10メートルぐらいに切ってキャンプ場に持っていく。実はこのキャンプ場には前はちょっとした物を置ける雨よけが有ったのだが、浮浪者が荒らしたので前に処分してしまった。今回は、廃校になってしまった神戸の工業高校の運動会等で使っていたと思われるテントというかフライを設置しようというのである。屋根だけで壁は無いので、浮浪者が住み着くことも無いだろう。力をあわせて何とか午前中に炊事場テントとメインテントの設置終了。

兵庫県住宅供給公社の土地を借りているので、竹は豊富に手に入る。 この竹が案外重い。 沢山竹が集まった。

結構ちゃんと出来たでしょ。

 持参したおにぎりのカブ弁を食べてからは、スカウトは手旗の練習。二手に分かれて手旗で会話をするのだが、なかなか話が通じないようだ。

 夜はいつものジャズバンドの練習だが、今日は上の子を見学で連れて行った。やはり中学の吹奏楽とは大分違うようで、「音が高いのが多くて大変」「指揮が居ないのでわかりにくい」「レベル高すぎ。20年ぐらいやってから入ろうかな」そう言わずに、また来て欲しいものだ。

手旗での意思疎通は大変だ。 キャンプ場でのCB。自然の中というのも良い。

走行距離:6.2 mile (10 km) 通算 24491.0 mile

 

2004年3月12日(金)

 会社で同僚から、「風太郎さん、バイクに乗ってるの。何シーシー?」

 出たっ、ナンシーちゃん。割とバイクに興味が無い人が話題づくりの為に取りあえず尋ねるのがバイクのエンジンの排気量だ。別に400ccを越えると大型免許が必要だとか、250tだと車検が要らないとか知っている訳ではなく、「へぇ、軽自動車より大きいんだ」とか「そんなに大きいと危なくない?」とかに話は進んでいくのだが。

 「俺も免許とってバイク乗ろうかな。」

 絶対乗らないと思う。

 

走行距離:10.4 mile (17 km) 通算 24484.8 mile

 

2004年3月11日(木)

 ここのところ、毎晩プレステ2のゲーム、「鋼の錬金術師」を進めている。今日、いよいよ最後のボスと対決。大分時間をかけて結局負けてしまい、恐らくベストでは無いがエンディングを見ることが出来た。元々息子が借りてきたソフトなのだから、ここまで遊べばよしとしよう。

 

走行距離:10.5 mile (17 km) 通算 24474.4 mile

 

2004年3月10日(水)

 上の子は、高校に入れることが決まってるものだから喜んで「鬼武者3」を購入していた。ところが、これが起動しない。他のゲームは動くのだからプレステ2の問題ではないはず。夜、購入した店に持って行くとちゃんと動く。お店の人の話だと、機械が古いと読み取れなくなる可能性もあるとか。確かにプレステ2の出たてに購入した機械だから、既に4年経っている。もう寿命なのか?念のために別のディスクに変えてもらい、家で再試行。やはり読めない!読み取りレンズにほこりでも着いているのか。そこで私のかぐわしい息でプレステ2の内部をフッと一息。すると、驚いたことに無事ゲームは起動した!

 本当はCDプレーヤ用のレンズクリーナの方が良かったかな。

 

走行距離:10.9 mile (18 km) 通算 24463.9 mile

 

2004年3月9日(火)

 上の子が借りてきた「鋼の錬金術師」、返す前に早く終われとうるさい。しかし、こういうアクション系は難しいなぁ。

 石は出てくる気配が無い。長さ3ミリもあれば見逃すはずも無いと思うのだが。痛みが無いということは動いてないのか。それもまた困る。何だかバイク日誌が闘病日誌になってしまう。

 

走行距離:11.1 mile (18 km) 通算 24453.4 mile

 

2004年3月8日(月)

 今日も結構寒かったが、バイクの稼動上の問題は一切無し。新バッテリーは本当に有効だ。

 

走行距離:11.1 mile (18 km) 通算 24442.3 mile

 

2004年3月7日(日)

 子供のパソコンのモニターがいかれたので、修理の見積もりを取ったら、何と3万円近くもかかるという。新品が2万円で手に入るので、壊れたモニターをリサイクルに出すと、これまた4000円くらいかかるらしい。しかし高い金だして古いモニターを使うのもなぁ。(高い金だして古いバイクを使っている人の台詞ではないかも)

 古いバッテリーを処分してもらうのに近所のガソリンスタンドに持っていくと、処分料が525円かかるそうだ。それでもバッテリーはほとんどの部分が再利用されるようなので、リサイクルの優等生と言えるし、その為ならお金も惜しくない気がする。

 午後は一時吹雪になったが、一瞬積もった雪も晴れ間が出たとたんに夢のように消えてしまった。明日の通勤を考えるとよいことだ。

 

走行距離:5.4 mile (9 km) 通算 24431.2 mile

 

2004年3月6日(土)

 私の母方の実家は三重県は伊賀上野の柘植の出身である。よって、菩提寺も柘植の徳永寺になっている。今日は祖母の三回忌の為に伊賀を訪れた。米国駐在中に葬儀に出られなかったので、今回は家族で参列することにした。 徳永寺は、本能寺の変の際に徳川家康が三河に逃げるのを助けた場所。その為、葵の紋の使用が許されている。当時、伊賀、甲賀の忍者も家康を助けたとのことだ。

徳永寺は浄土宗のお寺。 葵のご紋が目に入らぬか。 木鼻はちょっと珍しい。獏なのか象鼻なのか。

 法事においてはお経の説明の冊子を見ることが出来、いつもは意味もわからず聞いているお経も若干なりとも理解できたのが面白かった。法事の後は親族そろって上野市の「もりつぢ」ですき焼きの会食。お肉屋さんの系列だけのことはあり、伊賀牛は本当に美味しかった。

伊賀牛のすき焼きはよだれが出ます。

 折角伊賀まできたので、伊賀流忍者博物館を訪れることにした。博物館は上野城公園の一角にあり、伊賀国高山村にあった土豪の屋敷を移設したもの。到着するとすぐに忍者ショーを見ることができた。これは博物館の入場料とは別料金だったが、忍具を使った闘いの実演等見応えは十分。音響効果も含めて迫力がありすぎて、よそのお宅の小さな子供が泣き出した程だ。最後には希望者に5枚200円也で手裏剣を投げさせてもらえる。私の中の忍者の血は相当薄れているようで、手裏剣を上手く投げるにはまだまだ修行がいることが判明。続いて、忍者屋敷をピンクの忍者装束の「くのいち」に案内してもらう。どんでん返しや物隠しなどの仕掛けが豊富で、子供達も大喜びだ。

鎖鎌の実演中。 実演では手裏剣がビシッと刺さる。昔はトリカブトの毒が塗ってあり文字通り一撃必殺だったらしい。 忍者屋敷の隠れ部屋。

 最後に近くにあった松尾芭蕉の生家を見学。松尾芭蕉は母方の実家の一族であったらしく、奥の細道では一日に50キロも歩いていることから忍者であったとの説もある。土間の作り、部屋の風情に、歴史と趣きを感じさせる家であった。

松尾芭蕉の生家。 この部屋で芭蕉は俳句を詠んだのか。

走行距離:0 mile

 

2004年3月5日(金)

 出張の後の出勤は荷物が多い。うちのバイクは荷台は大きめなので問題は無いが。トップケースをつけてしまうとパソコンや書類の入ったバッグを積めなくなるので、パニヤケースをつけるとしたらサイドかな。

 明日は法事で早朝から三重に向かう。今夜は早く寝よう。

 

走行距離:11.2 mile (18 km) 通算 24425.8 mile

 

2004年3月4日(木)

 午前中に相模原での業務をこなし、巣鴨に移動。巣鴨は「おばあちゃんの原宿」と言われる刺抜き地蔵もあるらしいが、見に行く時間は無し。東京駅で20時前の「のぞみ」を捕まえ、ちゃんと本日中に我が家に帰れた。

日比谷公園の夜景。 帰りののぞみも当然700系。

走行距離:0 mile

 

2004年3月3日(水)

 明日まで、関東に出張。西明石から「こだま」、新神戸で「のぞみ」に乗換え、東京から東北新幹線の「やまびこ」に乗れば、昼過ぎには栃木県の南端の小山まで到着。関東に住んでいた頃良く行っていたスキー場の鶏頂山や塩原もそう遠くない場所だ。

 夕方には仕事を終え、明日の仕事に備えて、相模原に移動。

新神戸からのぞみに乗車。700系は良く出来た車両だ。 東北新幹線のやまびこ号。乗るのは初めてか。 マックスやまびこ号は途中にこんな連結があったりして面白い。上りの列車は総2階だった。

走行距離:0 mile

 

2004年3月2日(火)

 普通に仕事。バイクも快調。

 帰りに給油。90.1マイルで10.53リットルということは、リッター当り13.8キロ。通勤オンリーにしては、まあまあの燃費である。バッテリーを替えてからアイドリング時にエンジンを無駄に吹かさなくなったのが効いているのか。さあ、明日はまた出張だ。

 

走行距離:11.0 mile (18 km) 通算 24415.6 mile

 

2004年3月1日(月)

 昨晩寝床につこうとしたときに、事件が。左わき腹が痛み出した。姿勢を変えてもどうにもならない。悶々としているうちに我慢が出来なくなり、女房の運転で夜間救急病院へ向かったのは午前3時。触診の後、採尿すると真っ赤な血尿だ!これは結石間違いなし。痛み止めの筋肉注射(これって後が痛いがこのときはそれどころではないので気にならなかった)を打って、「あとはうちでは無理なので○○病院へ行ってください」って!

 ○○病院は、急患センター等の一次診療施設からの紹介患者のみ受け入れる、所謂二次救急の当番病院らしい。早速エコーで結石を確認。「左は詰まってますね。右もあるようですが、小さくて問題ないようですね。」って、そんなにあるのかい。もうどうにかしてって感じの痛みも、痛み止めの点滴を打つうちに和らいできた。「それでは、帰宅していただいて、朝になったら△△病院に行ってください。紹介状書きますから。」 なんと○○病院には泌尿器科が無かったのだ。

 家に帰り着いたのは午前5時。少し目をつぶったと思ったらもう朝だ。幸い傷みは再発していない。入院覚悟で、たっぷりの荷物を積んでバイクで出発。それからレントゲンを取りまくりだ。まずそのままで一枚。造影剤を注射して、10分後、20分後に一枚ずつ。さらに排尿後、立位、臥位で一枚ずつ。で?「幅2ミリ、長さ3ミリの立派な石ですね。動くときが痛いんですよ。つまり、痛いってことは石が移動しているんだからいいことです。痛いときには頓服薬を飲んでね。我慢できなくなったら点滴をするからきてください。それでは一ヶ月後に。」

 石を流れ易くする漢方薬を処方されたが、要はどうにもならないってことだ。入院しても仕方が無いようなので、そのまま仕事に。

 一つぐらいはよいこともあった。英検合格の速報がメールで入った。アメリカ帰りなんだから二次試験で落ちたら恥ずかしいけどね。

 

走行距離:10.7 mile (17 km) 通算 24404.6 mile

 

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