2003年9月29日(月)

 少し、左目が良く見えるようになった。腫れが引いてきたらしい。

 仕事は午前中半休を取って、女房に病院に送ってもらう。手の包帯は取れたが、顔はまだのようだ。そのまま職場まで連れて行ってもらうが、10時ちょっとすぎだ。これなら、ちょっと急げば明日からはフレックスタイムでいけるので半休は取らなくて良さそうだ。

 包帯だらけの顔で職場に入るのはちょっと緊張したが、案外皆気がつかない(もしくは気がつかない振りをしているのか)。出来るだけ席を離れずにデスクワークに集中した。偶に、「いったいどうしたの」と聞かれたときは「いやぁ、ちょっとこけちゃってね」「ちゃり?」

 何で判るんだろう。

 帰路から外れて食事に行ったので、労災では無いようだ。ややこしい書類を書かなくて済むので良かった。お金も出ないが。

 

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2003年9月28日(日)

 今日は、下の二人の小学校の運動会だ。でも、「お父さんは怖い顔だから来なくていい」らしい。女房と上の子に運動会を任せて、私は病院へ。

 家に帰ると、運動会のお弁当の残りがテーブルに残っているので寂しく一人で昼食。何だか歯の位置も少しずれたようで、違和感があり、食事もあまりおいしく感じない。

 夕方、家族が無事に帰ってきた。真ん中の娘はクラス対抗リレーに出て、一番。80メートル走も一番だったらしい。誰に似たのかな。少なくとも自転車ですっころぶ父親似でないことは確かだ。

 

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2003年9月27日(土)

 朝起きると、左目が上手く開かない。目の周りが内部出血して腫れあがっているのだ。

 それでも無理に見開きながら病院へ。普通に待っている他の患者さんの視線が痛い。何のことは無い、消毒して、軟膏をつけて、また包帯をつけておしまい。えっ、毎日来いだって?

 家に帰ると、何もする気が起きず、某ページのオンラインRPGに入れ込んで一日ねっころがって過ごした。本当は、ポートアイランドでやってるハーレーの試乗会も行ってみたかったし、ジャズバンドの練習も行きたかったのだが。

 

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2003年9月26日(金)

 やっちまった。

 バイクの準備が整うまでは、と自転車通勤していた。いつもは加古川河川敷のサイクリングコースを使うので、車と接触する恐れも無く、比較的走り易い片道40分程の道だ。この日は、仕事が深夜に及んだので、帰りがけに食事をするために、いつもと違うコースを選んだ。

 適当な焼肉屋でビビンバ(こればっかり)を食べてから、家路につく。軽快に飛ばしていると…気がつくと顔を下にして地面に這いつくばっている。何が起きたのか一瞬記憶が飛んでいる。通りがかりの知らない人がタオルを差し出しながら「救急車呼びましょうか」と言ってくれてる。ひりひり痛む左頬にタオルをあてて立ち上がってみる。うん、骨は折れてなさそうだ。「大丈夫です」といってタオルを返そうとしたが、「使ってください」といいながら行ってしまった。今にして思えば、私の顔をみて係わり合いになるのを恐れたのかな。

 自転車を立ててみる。どこも曲がっていない。ただ、ハンドルバーに取り付けてあったキャッツアイのライトが壊れている。仕方が無いので、自転車を押して20分ほど歩いて帰宅。

 玄関に入ると、女房が、

「いったいどうしたの」

「いや、ちょっと転んじゃってね」

「すぐに病院に行かなくちゃ」

「大して痛くも無いから、大丈夫だよ」

「ちょっと自分の顔を見て御覧なさい」

 鏡を覗くと、スプラッター映画の世界が…。左目の周りは腫れあがり、左目の上、左頬、左あごが皆血まみれだ。左右のこぶしからも血が出ており、左腕はひじから手首にかけての長い擦り傷だ。

「病院に電話したから、行き方を聞いて」

と受話器を渡される。車で15分程のところの病院が救急でも受け付けてくれるらしい。

 女房は風呂に入ってしまったので、自分で運転していく。左手がやや痛むが、運転には支障は無い。

 病院に着くと、さすがに待たされることも無く、すぐに医者が診てくれた。レントゲンの結果は…特に骨折もなし。顔も手も包帯でぐるぐる巻きにされて放免された。明日から毎日消毒に来なさいって。えーっ?明日は土曜だよ!家に帰り着くと午前3時。今日はちょっと疲れた。

 

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2003年9月25日(木)

 やった。

 バイク屋さんから連絡が入り、本田技研から打刻された車体番号と通関証の車体番号が同一であることを証明する丁寧な製造証明書を入手し、陸運事務所で受理される旨連絡を受けたとのこと。

 順調に行けば来週にも車検、登録が出来そう。ふうっ。待ちわびたぜっ。

 

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2003年9月23日(火)

 DVDで「I am Sam」という映画を見ました。アメリカから帰るときに慌てて沢山買って帰ってきたものの一つ。主人公が少し知能が遅れた人で、最初は見ていて苦しかったけれど、最後はほんわかした明るい気持ちになれたので良かったかな。

 法廷シーンがよく出てきたけれど、アメリカ人の弁護士と一緒に仕事をしたせいか、余り違和感は無かった。

 

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2003年9月20日(土)

 本日は上の子の運動会。ぱらつく雨の中決行となったが、台風の影響で次第に雨脚は強まる。午前中はそれでもプログラムを強行したが、昼食後は、大幅に内容を割愛して、団体演技のみとなった。

 雨の中、最後のプログラムは、中学2年3年男子による組体操。号令を受けて、はだしの男達が泥の中を走る、走る。勢い余って転んだりする。もう子供じゃないんだ。一人前の男だと感じさせるその動き。結構、感動した。

今や土砂降りの中、見せる演技! この日の為に練習してきたのだ。

 映画づいてきた私達、今夜も夫婦で映画館へ。今回はディズニーの「パイレーツ・オブ・カリビアン」、所謂カリブの海賊である。前から予告編などで見て面白そうだとは思っていたが、実際、娯楽大作で十分楽しめた。ディズニーランドの「カリブの海賊」の世界をそのままに、海賊船ブラックパールにかけられた呪いを縦糸に、総督の娘と海賊の息子の恋愛を横糸に織り込んだ、歴史ロマンである。当然、ディズニーならではの遊びも随所に見られ、あっという間の2時間だった。

 

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2003年9月19日(金)

 仕事を終え、台風の影響で雨が降り出す前にと自転車で家路を急ぐ途中、携帯が「メールをご覧下さい」と叫ぶ。家からのメールは、「何時に帰れるの?」

 帰ってみると、面白い映画があるので、二人で見に行こうと言われる。ちょっとフロリダチックだ。

 急いで食事を済ませ、映画館へ向かう。レイト・ショーなら一人1200円、この値段なら許せるかも。映画は、中国映画の「HERO(英雄)」。見ていない人の為に、ネタばらしはしないが、剣戟や古代中国の軍隊の動きなど見所満載、「クラウチング・タイガー…」よりも面白いかも。

 お奨めである。

 すごい迫力。皆で見よう。

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2003年9月15日(月)

 うちで飼っているアレックスはキャバリアという種類の犬だが、そのキャバリアを飼っている人たちのオフミが神戸のポートアイランドであったので、家族で参加することにした。

 場所はポートアイランドの南端の方にある芝生広場。広々とした芝生の中に高い屋根の日陰が作られてあり、このような催しには最適な場所だ。そこにキャバリアばかり40頭ほども集まり、楽しく交流をした。遠くは奈良や倉敷から来た人も居り、近くの知り合いも大分増えた。

 キャバリアには、アレックスのようなトライ(三毛)の他に、ブレンハイム(白と茶)やブラックアンドタン(黒と茶)と色違いがあるのだが、顔が皆良く似ていて、また、おとなしく人懐こい性格もだいたい共通しているのが面白い。

広い会場だが、人間様はもっぱら日陰に集中。 うちの子は大きい、いや、太いのか? こんなに沢山集まりました!

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2003年9月14日(日)

 朝は明るくなると同時に起こる鳥の鳴き声で目が醒めた。夜は思いのほか涼しかったので、寝心地はよく、さわやかに目覚めることが出来た。

 朝食は、昨日の残りの煮物に中華麺を入れて煮直したものがメイン、ゆで卵、納豆と組み合わせは面白い。食事の後は、テントを撤収し、上申式の準備に入る。

 さて、上申式とは、スカウトが上の隊に入る儀式である。ボーイスカウトは、年齢ごとに隊が分かれており、幼稚園年長の夏から小学校2年の夏までのビーバースカウト、小学校5年の夏までのカブスカウト、中三の夏までのボーイスカウト、更に上は20歳までのベンチャースカウト、ローバースカウト等とあるが、今回はビーバーからカブに上がる小学校二年生にうちの下の子が、ボーイからベンチャーに上がるのに上の子が入っている。真ん中の子は、カブスカウトの中でシカからクマに進級する(カブスカウトは、ウサギ→シカ→クマと進級していきます)のみである。

 ボーイ隊が待ちかねる中、カブ隊は徒歩で40分ほど歩いて、ビーバー隊はリーダーの車に乗って、野営場に到着。上申式は滞りなく進み、上申するスカウト達も「ちかい」をしっかりと言えた。泊りがけで準備した甲斐があったというものだ。

見た目は悪いが、味は旨いぞ。 今度カブに上がるスカウトは、制服もだぶだぶで可愛い。 ベンチャースカウトはボーイ隊の指導もよろしく。

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2003年9月13日(土)

 ボーイ隊の副長の初仕事は、野営場での野営である。現地集合なので、上の子と一緒に自転車で野営場に向かった。団で使っている野営場は歩くと家から40分程のところにある、県の住宅供給公社の所有する林の中にここ30年程借りているところである。かなり不便なところなので、当分、開発される恐れは無いのがいいところだ。

 さて、着いてみると、置いてあった家型テントの中が有らされてひどいことになっていた。雨露がしのげるのをいいことに、暴走族か不良の溜まり場になっていたようで、雑誌やビールの空き缶などゴミの山になっていた。スカウトの皆と、リーダ総がかりでゴミを全部焼却すると同時に、痛みの激しかった家型テントは今後このような使い方をされないように取り壊して一緒に燃やした。台風は日本海側に抜けて晴れたのは良かったものの、日が高くなると気温はぐんぐん上がり32℃ほどになる中での焚き火は結構きつい。

 ある程度片付けた後は、今回の目的である旗ポールの準備を始めた。明日の上申式に備えて、隊旗、国旗を揚げるためのポールを竹で作成するのだ。力を合わせて立派なポールが出来た。

 力仕事の後の夕食は、飯ごうで焚いたご飯と、煮物だ。ファイヤーを囲んでの野外の食事はいつでも美味しいが、スカウト皆で材料を切りそろえて煮付けた煮物はなかなかの味を出した。食事の後は、恒例の肝試し。野営場から1キロほど離れた場所から、一人づつ暗い中を月明かりだけを手がかりに、墓場を通って野営場に向かって歩かせるのだ。途中にリーダーが隠れていて相手をしてあげるので、明日ボーイに上がるスカウト(小学校5年生)は結構楽しんでもらえたようだ。唯一の問題点は、林の中の野営場に蚊が多いこと。野営場中に蚊取り線香を配置したり、虫除けスプレーをしたりしても、皆しっかり刺されてしまった。

 子供を寝かした後、リーダーは若干のアルコール系飲料とともに明日への英気を養った。夜も更け、リーダーも虫の声の響く中で眠りについた。

出来上がったポールに早速旗を揚げてみる。 スカウトのテントも準備は出来た。 炎を見つめているうちに夜は更けていく。

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2003年9月7日(日)

 この日はビーバー隊の副長としての最後のご奉公。来週からはボーイ隊の副長だからね。

 魚住の金ヶ崎公園で東播スカウト親交会に参加した。東播とは播磨の東側ということで、明石、加古川、高砂の各ボーイスカウトの団が集まるものだ。会場は駅から2キロ程離れているので、小学校1−2年のビーバースカウトは車で現地に向かうことになった。カブ隊やボーイ隊は電車で魚住までいって歩く手はずだ。ところが、会場につくと、途中の駅で人身事故があって電車が止まってしまったとの連絡があり、急遽ビーバー隊の車でカブ隊、ボーイ隊をピストン輸送することに。

 そんなこんなで最初は若干混乱したが、幹事団の準備のお陰で、皆楽しい時間を過ごすことが出来た。ビーバー隊の場合、ハリーポッターの世界をテーマにして、皆、帽子(厚紙製)、マント(黒ゴミ袋製)、杖(枯れ枝に銀紙を巻く)を各自用意し、4つの組に分かれて(ハリー・ポッターが入っていたのはどの組だっけ?)、公園内にある各テーマ(ビー玉に良く似た賢者の石を探すなど)をこなしていった。

 34℃になろうとする陽気だったが、公園内は木陰もあり、楽しく親交会を終了した。さあ、来週はキャンプだ(泣)。

お待ちかねのお昼ご飯。カブ弁と呼ばれるおにぎりのみのお昼だが、野外で食べると美味しい♪ なにやら怪しげな魔法使いの卵たち。 カブ隊はゴム鉄砲を作ったりして、こちらも楽しかったようだ。

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2003年9月6日(土)

 再び、昼間は神戸の吹奏楽のバンド、夕方からは姫路のジャズバンド練習のダブルヘッダーだ。

 神戸のバンドは残念ながら吹奏楽祭の抽選にもれたとのことだが、名古屋のバンドとの合同練習の準備を皆で頑張っている。次々と曲を初見で合わせ、今後集中練習する曲を決めていくので、気が抜けない。懐かしい「エル・カミーノ・レアル」(真実の道)もやったが、これはちょっと難しいので年間練習曲とするらしい。

 姫路のバンドも、ようやく11月のライブの曲がほぼ決まり、デモCDを受領した。コード展開の複雑な曲のアドリブは、プロのアドリブを聴いてコピーするのが早道かもしれない。さあ大変だ。

 

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2003年9月5日(金)

 バイク屋さんより緊急連絡。予備審査の為に陸運局に書類を出していたのに、その書類に不備があると指摘されたという。何と、通関証の車体番号と打刻番号が違うと言う。良く聞くと、ホンダの登録番号はJH2から始まる17桁であり、通関証にもその番号が記載されているが、打刻はJH2抜きの14桁なのだそうだ。陸運局は打刻と通関証の番号が違うのでは、通関したバイクであることが証明できないので、車検は取れないと言う。

 バイク屋さんが色々調べてくれた結果、意外なことが判った。まず、ホンダ自身がデータベースに持っている番号はJH2から始まる17桁の番号である。確かに、打刻は14桁であるが、バイクについているネームプレートにはJH2を含む17桁の番号がついていた。一方、米国でのバイクの登録はホンダと同じ17桁。元々米国より車体番号は17桁にせよという要求があったらしい。通関証は米国での登録と同じ17桁と言うわけだ。ところが、当時、17桁と打刻する技術が無く、打刻は14桁になっているという矛盾したことになってしまった。実際、バイク屋さんの持っている逆輸入のCB900Fも打刻されている車体番号はJH2が無い14桁だ。

 こんな昔の事情が私のバイクの書類不備に繋がってしまったのだ。通関証は、米国の登録証と番号があっている以上、再発行は出来ないということなので、ホンダに14桁の打刻番号が17桁の車体番号と同一のものという証明を出してもらうことになった。工場には打刻番号を写し取った記録があるので、それを参照すれば証明は出せるらしい。しかし、これで車検が取れるのがまた遅れてしまった…

 

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