2003年8月31日(日)

 午前中は、下の子のビーバースカウトの活動、午後は真ん中の子のカブスカウトの活動で一日を過ごす。

 9月14日の上申式で下の子はカブスカウトになるので、本当は今後はカブスカウトの手伝いをしたいところが、何故かボーイ隊の副長をしなければならない。お陰で9月13日はボーイ隊の隊員とともに、野営場で泊りがけで上申式の準備だ。ちょっと楽しみ、かなり不安!

 夜になってから、女房の懸賞小説の発送の為に姫路郵便局まで車を飛ばした。8月中の消印が必要なので時間外でもやっている郵便局に行くわけであるが…子供の夏休みの宿題も一緒だが、もっと早めにやっておけばいいのにね。

 

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2003年8月30日(土)

 またまたバイク屋に整備状況を見に行く。

 バイクはしっかり組みあがっているではないか。話を聞くと、基本的には全て終了したので、週明けにも車検の予約を取るとのこと。長かったが、9月半ばには納車の予定である。走行の基本となるところをしっかり整備してもらったので、安心して乗れそうだ。

 午後から、神戸の吹奏楽のバンドの練習に久しぶりに顔を出した。秋の神戸市吹奏楽祭に抽選に通れば出られるらしい。アメリカングラフィティ等は吹奏楽とは言え一部ジャズよりの編曲もしてあり、フェイクしてアドリブ出来るところも面白い。さあどうなるか。

 夕方からは、例によって姫路のジャズバンドの練習に。こちらも11月末の本番に向けて選曲が進んでいる。

 

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2003年8月24日(日)

 朝から、PTAによる小学校の掃除。女房がPTAの広報委員長をしているので、掃除ぐらいは私がしなくてはならないらしい。幸い曇り勝ちの天気で気温がやや低めだったのは良かった。教室のカーテン吊り係りとなったのは予想通りである。

 さて、子供の夏休みもあと一週間を余すばかり。宿題の最後の追い込みの景気付けに、夜は外食に行くことに。前にJALで米国往復したときにもらったクーポンが、航空券かホテル日航でしか使えないものだったので(通販にも使えない)、ホテル日航大阪のバイキングに。美味しい料理をしっかり頂いて満腹。ダイエットがゼロからの再スタートとなることは致し方なし。女房殿、私を恨むなって。

レストランセリーナではサマーファミリーバイキング「シーフード祭り」実施中。 デザートもばっちり。ムースとクレームブリュレが美味しかった。 こういう豪華な雰囲気も偶には良い。

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2003年8月23日(土)

 バイク屋に整備状況を見に行く。

 調べだすと問題がきりが無く顔を出すらしく、欠品の部品手配等に苦労してくれたようだが、エンジン周り終了、ジェネレータも終了、ステアリングも終了。後はフロントブレーキを組み立てるぐらいなので、今月末には走れるところまで行きそうだ。バッテリーが上がったのは、やはりジェネレータのロータコイルだったということだ。とは言え、それから二週間先の車検の予約を取るので、私の手に帰ってくるのは早くて9月半ばだ。もう少しの辛抱である。

キャブとエンジンをつなぐインシュレータも新品にして、エンジンのフケも良好とのこと。 フロントのスプロケットも激しく減っていたので交換。

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2003年8月17日(日)

 昨日は夜が遅かったので、朝寝坊して、昼前に京都を出発。帰りがけに加藤順にて土産の漬物を買い込んだ。本当は甘泉の水羊羹も買って帰りたかったのだが、残念ながら日曜定休であった。次回のお楽しみということにしておこう。

 帰り道も、特別渋滞らしい渋滞も無く、あっさり帰り着いた。さあ、明日から仕事再開だ。 

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2003年8月16日(土)

 目的は五山送り火であるが、折角なので午前中は銀閣寺を見学することにした。幸い従弟が車で送ってくれたが、既に駐車場は満杯状態だったので、車で行くのは(特にこの日は)避けた方がよいようだ。

 銀閣寺の入口では早くも人があふれ、銀閣寺の裏山の大文字で焼かれる護摩木の受付も賑わっていた。これは自分の名前と持病を記した護摩木を焚くと持病が治癒するという信仰に基づくものだそうだ。

大文字で焼かれる護摩木に字を書き付ける人たち。 八橋の試食には思わず手が出てしまう。

 インターネット情報ではこの日は無料公開のはずだったが、何故か受付ではそんなことは知らないと言われ、大人500円、小・中学生300円をしっかり徴収された。銀閣寺は本当は慈照寺といい、元々は足利義政の山荘だったそうだ。書院造で知られる銀閣の他にこれまた書院造の持仏堂である東求堂も国宝である。

白砂を盛り上げた向月台の向こうに見える銀閣。  中に見える襖絵も美しかった東求堂。

 しかし本当に美しかったのは、その庭園であり、裏山である。生い茂る木々の間をせせらぎが流れ、地面はビロードのような苔に覆われている。曇りがちでさほど暑い日では無かったが、庭園を歩いているとより涼しさを感じた。これが一切人工的に作られた庭であるというのは驚きであった。

庭園を歩くだけで森林浴が出来る。 地面を覆う苔も美しい。 少し裏山を登ると慈照寺全体が見渡せる。

 銀閣寺の近くは、食事をするにも値段が高く、余り美味しくない(失礼)ということなので、真如堂の近く、鹿ケ谷(といえば、俊寛が鬼界ヶ島に流される元となった鹿ケ谷の陰謀が思い出される)通り沿いの従弟推薦の店、「越後」にて昼食。ここのおそばは大変結構な味で、お奨めできる。

私は京都らしい身欠きにしんの入ったにしんそばを頂いたが、天ぷらそばもお奨めできる。

 さて、今回は大文字焼きを行う山に登ろうという趣向である。関係者以外は5時前に下山しなければならないと立て札が立てられていたが、実際には5時前に入山してしまえば追い返されることが無いのは公然の秘密であるらしい。しばらく休憩してから、4時に銀閣寺入口横から上り始める。比較的しっかりした道があり、運動靴程度の装備でも十分登れる。約40分で大文字焼きの現場に到着。大文字は75個の火床で形作られるが、私達は大の字の一番上の少し外れに陣取った。早めに行ったので比較的自由に場所取り出来たが、どんどん人が上がってきてあっという間に場所が無くなった。火床の近くは火の粉が飛んで危ないので少し離れたところに場所を確保するのがコツである。

 火が点くのは8時なので随分時間がある。持って行った菓子パンを食べると後はやることも無い。本を読みつつひたすら点火を待った。

あっという間に人で一杯になった。後ろで火床を積み上げているのが見える。 7時ぐらいには火床は完成した。 日もとっぷりと暮れてきた。街の灯りがきれいだ。

 8時になるといよいよ点火だ。大文字保存会の人が火床に火をつけると、火床は一気に炎に包まれた。自分の山の大文字の形は見ることが出来ないが、しばらくすると、妙法、舟形、左大文字、鳥居等の形が遠くの山に描かれ始めた。これら全ての山を見る位置としては、大文字の山は最高の位置にある。ほんの30分ほどで火床は燃え尽き、他の送り火も次々に消え始めた。これにて五山送り火も終了だ。火の鎮まった火床に近づき、消し炭に水をかけて少し持ち帰った。この消し炭は家に吊るしておくと火事除けのおまじないになるらしい。

 下山は皆が同時なので、登山道が詰まって、下山するのに一時間ほどもかかってしまった。しかし、今回大文字の山に登って、大文字焼きの実態を見ることが出来、又、他の全ての送り火も見ることが出来たのは一番の思い出になった。

一気に燃え上がった火床。 遠くに見える妙法の文字。一つ一つの字も美しい。 一際美しく見えた舟形。

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2003年8月15日(金)

 16日の五山送り火を見るために、京都へ向かう。今回は短期なので荷物が少なく、後部座席を後ろにずらせたので5人乗っても車内も不満が少ない。第二神明、阪神高速で若干渋滞したものの、お盆の時期にしては比較的スムーズに京都に到着。さっそく泊めてもらう予定の親戚宅へ。

 ラッキィにも、偶々入手していたサザエと馬刺しを大盤振る舞いしてもらい、家族、皆満腹の夜であった。ありがたいことだ。

煮えてきたサザエに醤油をたらすと、香ばしいかおりが。 肥後の馬刺しは新鮮で、まるでトロのような味わいだ。 

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2003年8月9日(土)

 ワシントンを出る便は昼過ぎなのに朝6時に目が覚めてしまった。朝のワシントンを散歩することにした。

朝の町はまだ街灯が点いている。 ワシントンは緑が多く落ち着いた町だ。

 ホワイトハウスも昼間見るとはっきりよく見える。警備用のバイクは明るいところで見ると、ナイトホークの250のようだ。

裏側のはずだが、なかなか格好よい。 よく見ると250だ。エンジンガードがちょっと細い感じだ。

 ホテルで空港行きのシャトルバスが無いか聞くと、2ブロック離れたところからメトロに乗ると安いと言われた。それではトライしてみることにしよう。

メトロの入口はわかり易い。 ウィークデイの昼間以外は割引になっている。コインだとお釣りが出ないが、クレジットカードでも買える。 車内は清潔な感じ。

 地下鉄はわずか1.2ドルだったので、10ドル以上かかるタクシーに比べるとやっぱりお得だ。

 帰りの飛行機はデトロイトでの乗り継ぎも順調で問題なかった。機中の映画は、「エージェント・コディー・バンクス」はスパイキッズのような映画で、気楽に楽しめた。「ホールズ」はディズニーの映画で、砂漠の中の矯正キャンプに送り込まれた主人公が他の子たちと穴を掘り続けさせられるが…実は先祖の行いとの関わりが。大人も楽しめる佳作。もう一つ、「アイデンティティ」は嵐の夜モーテルに泊まり合わせた人たちが次々に殺されていくサイコホラー。これは怖かった。

 機内食も行きと同様の松花堂弁当があり、許せる内容。アメリカ発なので間食でおにぎりが食べられないのは仕方が無い。ノースウェストも悪くは無いというのが私の印象だ。機内で何とか起きていたので、帰ってからも時差ぼけは無し。でも着くと8月10日の夜になっているのは一日損したような気がする。

 

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2003年8月8日(金)

 仕事がなんとか片付き、ワシントンの実質最終日。もう一度日本料理に挑戦。今度は寿司太郎という店に行ってみた。店は地下がレンタルビデオのブロックバスター、一階がCVSというドラッグストアーの建物の二階にあり、目を上に向けていないと見逃してしまう。

 寿司カウンターには寿司職人が6人もついている大きな店で、寿司職人も日本人のようだ。これは期待できそう。最初に頼んだ冷奴は、豆腐がややボソボソしていたが、冷たさが心地よい。続いて頼んだ握りセットは、日本で甘やかされた舌でも美味しく感じるもの。価格もリーズナブルで、お奨めである。

カウンターには多くの寿司職人が。 一番安いにぎり7個の寿司セットを頼んだが、量もたっぷり。

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2003年8月7日(木)

 新聞によると、シュワルツネッガーがカリフォルニアの州知事のリコール選挙に出馬することになったらしい。ケネディの家系の奥さんが反対していたのを乗り越えたようだ。レーガンも役者出身の大統領だったし、こういうのもありかな。確かミネソタ州の州知事はプロレスラーだ。

 今日は趣向を変えて、レバノン系のレストランへ。ル・タブーシュに入ってみると、BGM等中東の雰囲気がよく出ており、なかなか良い。私は羊はすでに一生分食べているので、ミックスグリルを注文したが、これも美味しかった。やはりワシントンはフロリダと違い、良いレストランが沢山ある。

外には地中海料理と出ているが、Le Taboucheの雰囲気は良い。 ミックスグリルも美味かった。

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2003年8月6日(水)

 今日はシーフードを目指して、マコーミック&シュミックを選択。ヒラメを頼んだが美味い。

雰囲気の良い店内。 ヒラメは美味しかった。

 デイライトセイビング(夏時間)の為、8時近くでも明るかったが、食事をしているうちにさすがに日は暮れた。食後、行ったことの無かったホワイトハウスに向かって散歩することにした。気温は適度に涼しく心地よい。

 北から向かうと、ホワイトハウスの裏側であった。表側に出るにはぐるっと回り込む必要があった。途中、大統領府のオフィスビルであるアイゼンハワー・オフィス・ビルがあった。恐らく副大統領等のオフィスがあるのであろう。建物自身はホワイトハウスよりもむしろ立派な感じである.

警護用?のオートバイ。なぜかホンダ製である。 アイゼンハワー・オフィス・ビルは立派だ。

 ホワイトハウスの周りは警備上の必要性からか、フェンスから建物がかなり離れていた。特に警備している人等は気がつかなかったが、実際には見えなくても厳重な警備がなされているのであろう。

ようやく見ることのできたホワイトハウスの正面側。フェンスからの距離が大分ある。 財務省の建物も立派だ。

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2003年8月5日(火)

 今日は夕食は日本食にしようと、JALの資料を見て日本食レストラン銀座に向かった。ところが着いてみると店の名がYeeHwaに変っており、実態は韓国レストランが日本食も出すようなものだった。JALの資料が古かったようだ。

 日本食としてはあまり期待できなかったので、定番のドルソイ・ビビンバを頼んだ。さすがにおいしい。

 

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2003年8月4日(月)

 早朝、デトロイト空港に向かう。荷物はノースウェストに預けたままだし、ホテルのシャトルバスがあったので移動は簡単である。

昨日は気がつかなかったが、さすが自動車の町。GMのショップがあった。 フォードのショップもあった。

 幸い、朝のフライトは特に遅れることも無くワシントンD.C.のロナルド・レーガン・ナショナル空港に到着。荷物は先に着いていた。朝からの打合せには遅れて参加となったがこれはやむを得ない。

 仕事を終えてようやくホテルにチェックイン。つかれたので夕食はホテルのレストランとなった。

キャピタルヒルトンは便利なところにある。 レストランも悪くは無い。

 

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2003年8月3日(日)

 さてさて、今日からアメリカに出張だ。今回はノースウェストを使うことにした。ノースウェストは関空から出ているので、JALに比べて朝ゆっくり出来るメリットがあるのだ。

機体は普通のジャンボだ。 座席はゆったりしている。

 ビジネスクラスの座席は大変広くて結構である。心配していた食事もなかなかのものが出てきてこれも良かった。

心配していた食事はなかなかのものだった。

 時差ぼけにならないためには、出来るだけ起きているのが私のこつである。そうすれば夕方に着いてからしっかり眠れる。その為に、また機内では映画をみて過ごした。今回見た映画は、X-MEN2とOWNING MAHOWNYである。X-MEN2は期待していなかったのだが案外面白かった。行きの映画ではこのX-MEN2のみ日本語の吹き替えがあった。OWNING MAHOWNYは銀行員が立場を利用してギャンブルにお金を使いまくる映画。これはまあまあか。後は前にも見たターミネーター2などを見ていた。  

建物内をシャトルが走る、広大なデトロイト空港。

 出発が遅れたこともあり、デトロイトにはついたのは予定より2時間後であった。乗り換えの予定の飛行機はもう乗れないので、さらに2時間程待たされてその日の最終のワシントン行きに乗った。ところが席についても待てど暮らせど出発しない。その内に機内放送でこの便はキャンセルになったので降りろという。仕方が無いので、チケットカウンターまで走り、明日の朝の便を確保し、航空会社のせいなのでホテルのバウチャーを用意させた。見ていると私のすぐ後の人は予約が出来ずにウェイティングになっていた。走って良かった。

 

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2003年8月2日(土)

 今日は近所のお祭り。ボーイスカウト関係も動員がかかり、カブスカウトの娘とビーバースカウトの下の子を連れていく。上の子は中学校のバンドとしてお呼びがかかったようだ。

 上の子のバンドの楽器の搬入を手伝ってから演奏を聞いた。アフリカン・シンフォニーは懐かしい。鉄腕アトムも良い出来だ。上の子も楽しそうにやっているので良かった。ところが演奏が終ってもバンドの子達が席を立たない。待っていると、何とミス加古川が3人現れた。バンドはこの時のファンファーレの為に待っていたことが判明。

 ミス加古川はこの後も何箇所も祭りをたらい回しにされるようで、お疲れ様である。

 ボーイスカウトでやっているポン菓子(米を爆発させて作る菓子)のところに行くと、ボーイ隊の隊長がうれしそうに話し掛けてきた。えっ、私が夏からボーイ隊の副長をやることになっただって?聞いてないよと言ったけれども、今言ったよと言われてはどうしようもない。私に出来るものなのか、さてさてえらいことになった。

 

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